「なぜ一流選手は動きが違うのか?」脳が生み出す熟練の秘密を解明
プロスポーツやオリンピックなどを見ていると、感動するとともに、どうしてあんなことができるんだろう?と不思議に思います。熟練した運動スキルは、動物の生存と適応に不可欠ですが、運動学習によって脳の神経回路がどのように変化し、学習された運動を実行できるようになるのかは、十分に理解されていません。本研究は、動物が学習した運動スキルを正確かつ効率的に実行できるようになる脳内メカニズム、特に一次運動野(M1)とその入力元である視床に焦点を当てて、長期的な神経回路の変化を明らかにしたものです。
M1は、哺乳類の脳における運動学習と実行の中心的な役割を果たしており、特に表層(L2/3)は学習に関連する可塑性の主要な場所です。先行研究では、M1 L2/3ニューロンへのシナプスの再編成や、学習された運動に伴う空間的・時間的な活動パターンの出現が報告されています。本研究では、まず、M1 L2/3への長距離入力元を特定するために、軸索カルシウムイメージングを用いてマウスのM1 L2/3への入力を長期的に観察しました。その結果、「運動視床motor thalamus」が学習の前後を通して最も強い興奮性入力源であることが明らかになりました。そこで、光遺伝学optogeneticsのアプローチを用いて、視床からの入力を強く受けるM1 L2/3ニューロン群(Th-excitedニューロン)を特定し、行動中の機能的特性を詳細に解析しました。
Th-excited neuronは、M1 L2/3ニューロンのごく一部(約9%)を占めていましたが、学習が進むにつれて、その特性が大きく変化し、Th-excitedニューロンの運動関連情報エンコード能力は顕著に向上しました。さらに、熟練マウスのTh-excitedニューロンは、運動開始前に活動を開始する傾向があり、Th-non-responsiveニューロンよりも早いタイミングで活動を開始しました。またTh-excitedニューロンは他のニューロンとの接続確率が高く、特に運動活性ニューロンとの接続が強化されていることがわかりました
最後に視床入力の不活化を行ったところ、初心者マウスの行動には影響を与えませんでしたが、熟練マウスの行動には視床入力が不可欠であることが明らかになりました。
以上の結果から、運動学習がM1への視床入力を再編成し、熟練した運動の確実な実行を可能にすることが明らかになりました。本研究は、運動学習における脳内回路の可塑性に関する新たな知見を提供し、神経疾患や損傷後の運動機能回復のための新たな治療法の開発につながる可能性があります。

論文情報
Ramot, A., Taschbach, F.H., Yang, Y.C. et al. Motor learning refines thalamic influence on motor cortex. Nature (2025).
https://doi.org/10.1038/s41586-025-08962-8