【対談】パフォーマンスを最大に引き出す「攻めの睡眠」

ー シェアしよう ー

常日頃から自身のパフォーマンスを最大化させるよう、トレーニングや身体のケアを欠かさないアスリート。当然、睡眠もパフォーマンスを発揮する上で重要な項目となる。

彼らはいかにして睡眠と向き合い、またスポーツと睡眠はどのように関連付けられ、研究が進んでいるのか。今回はオリンピアンであり日本の男子陸上の第一人者である為末大氏と、睡眠研究でアスリートやビジネスマンたちをサポートする医療法人RESMの白濱龍太郎理事長に、語ってもらった。

「オリンピック決勝前」の睡眠事情

──アスリートにとって、睡眠は体をつくる時間であり、またトレーニングや試合の疲労から体を回復する時間でもあります。睡眠が成績に影響することもあるのでしょうか。

僕が知る限り、全部のスポーツの中で、一番さし迫って回復を必要とするタイミングは、陸上100メートルの、準決勝から決勝までの3時間です。
その時間でどこまで回復できるかが、メダルを取れるかどうかを分けます。
2020年の東京五輪では、そこに日本人選手が残るかもしれない。とても重要なポイントです。

為末大(ためすえ・だい)1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者であり、3度のオリンピックにも出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年7月現在)現在はスポーツ×テクノロジーに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める

準決勝が終わった後、選手たちはとにかく自分を回復させようとします。いつも面白いなと思って見てるんですが、みんな試行錯誤していて、寝ようとする選手もいます。

他の競技も予選があって決勝があるわけですが、その数日間の過ごし方、回復の仕方が、日本のメダルの数を分けると思っています。

どうやって体を回復させるかについては、オリンピックごとにイノベーションが起きています。1984年のロサンゼルス五輪では、アメリカチームがバナナを大量に持ち込みました。消化が良くて、回復が早いだろうということで、バナナを食べたんですね。

回復については毎年さまざまなアイデアが生まれるんですが、睡眠についてはまだ、イノベーションがないと思います。

非常に興味深いです。それでいうと、スポーツにおけるナップ(短時間の睡眠)については、アメリカの大学が「パワーナップ」の実験をしています。

バスケットボールのチームを、練習中にナップを入れるチームと、ナップを取らないチームに分けたところ、ナップを取ったチームの方が良いパフォーマンスが出せるという結果が出ました。やる気やメンタルコンディションにも差が出るようで、効率よく寝ることの研究や実践がスポーツ界でも徐々に始まっています。

白濱龍太郎(しらはま・りゅうたろう)医学博士。医療法人RESM理事長。東京都出身。東京医科歯科大学大学院統合呼吸器病学修了後、睡眠、呼吸の悩みに特化したRESM新横浜を設立。2018年にはハーバード大学公衆衛生大学院の客員研究員として睡眠の先端研究に従事。メディアや企業、スポーツ界などで睡眠指導などを行う

100メートル決勝までのあの時間に、30分程度のナップができれば相当強いですよね。

たしかに、戦略的に20分、30分程度パワーナップを取るのも良いですね。睡眠のイノベーションは次のオリンピックでも注目していきたいですし、自分もぜひ研究していきたいです。

最近は寝ることで疲労や細胞を修復して体を「プラマイゼロ」に持っていくだけではなく、さらにプラスに持っていくということも注目されています。

その一つとして、薬を使わずにノンレム睡眠(深い睡眠)を伸ばす研究があります。骨伝導である規則正しい振動を与えるとか、リラックスさせるためにピンクノイズ(周波数が大きくなるほど音圧が小さくなる雑音)や、母親の胎内で聴いていた音を再現したものを聴くといったものです。

(winhorse/istock)

良いパフォーマンスを引き出す睡眠時間のデータってあるんですか。

一番パフォーマンスが上がる睡眠時間というのは、まだわかっていません。

必要な睡眠時間というのは、成長の過程である程度決まっていて、赤ちゃんだったら14、15時間寝ます。8時間睡眠が良いと思っている人が多いと思いますが、それはだいたい中学生、高校生の睡眠時間で、その後は7時間程度になります。

要は、何年も、自分に適した睡眠をきちっと取っていった結果、ハイパフォーマンスを発揮できる体をつくることができると考えられています。

実態としては、アスリートの睡眠時間は長く、また早く寝るという傾向があります。元メジャーリーガーのイチローさんも早寝ですよね。

強い選手は徹夜に弱いというか、眠たくなったら本当にすぐ寝ちゃう人が多かった気がします。普通の社会人は、眠くなっても我慢できるじゃないですか。僕もものすごく眠気に弱くて、眠くなったら絶対に車を運転しないようにしています。

実は、睡眠時間の短いショートスリーパーの人は、どこかでガツンと寝ているんです。

アスリートの方も、ある意味眠くなったらガツンと寝てしまう。これは能力の一つとも言えると思います。

(YinYang/istock)

睡眠だけは計画通りにいかない

現役時代、試合の2時間前とか、1時間半前に、うとうとすることが多かったんです。うとうとして気が付いたら20分ぐらいたっていて、さあウォームアップだっていうことがよくありました。

あの時、自分は寝ていたのか、集中していたのか、ぼーっとしていたのかが、今でも、よくわからないんですよね。

面白いですね。試合前の極限状態にある時、ほとんど睡眠状態のような感じで、集中しているのでしょうか。

もしかしたら、動物としてそういうパフォーマンスがグッと上がる何かが起きている可能性があるかもしれない。

それがわかれば睡眠にもスポーツにも還元できそうですが、さすがにオリンピックの試合前の練習中に脳波を測るヘッドギアを着けることはできないですね(笑)。

──為末さんは試合前、興奮して眠れなくなることはありましたか?

アスリートも、試合前は、興奮というよりも緊張で眠れなくなるものです。僕は割と眠れた方でしたが、周りのアメリカ人選手などは、メラトニン(眠りを促すホルモン)を錠剤で摂取していた人も多かったです。

日本人は抵抗があってあまりそういったものは飲んでいませんでしたが。一番厄介なのは、試合が翌日の早朝に予定されている場合です。どうしても眠れなくて、寝ずに試合に出ていたこともあります。身体はピークにあるので、短距離ならばそこまで影響はありませんが、長距離だと結構影響が出ますよね。

眠れなくなるほど緊張するのは、一発勝負という陸上競技の性質も関係していたのでしょうか。

そうですね。想像するに、野球やサッカーのような年間を通じてアベレージで勝負する競技と、陸上のように4年に一度のオリンピックや世界選手権などで一発を狙う競技は、相当メンタリティが違うんですよ。

アベレージでやる人たちは、どうすれば、安定したリズムを手に入れられるかということを考えます。試合が終わって、ちゃんと寝て回復して、次の試合に備える。勝っても、負けても、同じように過ごす。

僕ら陸上選手はある意味、4年に一回の一発勝負で金メダルを狙うので、その「非日常」の時にどう自分のパフォーマンスを最大化するかを考えます。

安定よりもピークに到達させることの方が我々にとっては大事で、安定してたら駄目なんですよ。

安定している人間のことを、「勝負弱い」とか、「練習と同じ力しか出ないやつ」だと言っちゃうぐらいなので。

(FreezingRain/istock)

陸上選手は、いかに異常な状態で、自分をちゃんと炸裂させるかという世界なので、睡眠は重要でありながら、難しいんです。

いつ試合をするかは選べないので、試合日が決まったら、逆算をして、1週間くらいかけてだんだん寝る時間をずらしていきます。でも、食べる時間や量は計画できても、寝る時間をずらすのは難しい。今、この場ですぐ寝てくださいと言われても、できませんよね?

そういう時に、自分なりの方法論を持っていると強いですよね。知り合いのスポーツ選手は、「スポーツ新聞がいい」と言っています。インクの匂いで気持ちが落ち着き、眠りにつけるみたいです。

試合の遠征先でも、いかに普段と同じ環境をつくることができるかが大事になります。環境づくりとしてアロマや香りを使うのは結構手軽で、オススメです。自分にとっての成功体験となっているもの、こうしたらリラックスできていたよねという方法論は、一般の皆さんでもつくりやすいと思います。

桐生祥秀、サニブラウンの「発揮力」

──陸上選手のように一発を狙いにいく考え方は、ビジネスマンにも当てはめることができそうですよね。

我々は情緒不安定だったので、練習中から調子が安定することよりも調子が「揺らぐ」方が良いとされていました。例えば、自己ベストが10秒0の時、本番でも10秒0を安定して出すよりも、10秒10の日がある一方で、9秒90が本番で出せちゃう、みたいな選手の方が一発当てられるわけですよね。

調子のバイオリズムが上がったり下がったり揺らいでいる。そしてそれのピークを、オリンピックや重要な大会にぶつけるんです。それを「発揮率」と呼んでいました。

同世代だと末續慎吾選手なんかは、全部が準備みたいな感じだったんですよ。準備して、準備して、すごい強い練習をドーンとやって、くたくたになって、3日、4日、引っ込むんですよ。それからまた出てきて、ドーンとぶつけるっていうのを、ずっと繰り返していて。

現役では、桐生祥秀選手やサニブラウン選手が発揮率の高いイメージです。ジャマイカのウサイン・ボルト選手なんかは練習でも常にダントツで速かったので例外なのですが(笑)。実力が拮抗している時には、この発揮率の高さが重要になってきます。

体を慣れさせる前に、短時間でものすごく強い負荷をかけることで、伸びるんです。なので、揺らぎが大きいほうが、ピークも伸びる。睡眠だけではないですが、そういった割り切り方、準備の大切さ、ピークに自分を炸裂させるという考え方は、ビジネスマンでも取り入れられるかもしれないですね。

陸上選手が4年後のオリンピックを目指すように、5年後に起業することに照準を当てても良いし、来週のプレゼンに向けて逆算して睡眠から意識を変えていくのでも良いと思います。

時差の調整は「自己流」

──時差がある地域で試合がある時は、どうやって調整していましたか?

僕はあまりこれといった対策はしてなかったです。最近は早稲田大学などが光を浴びせて体内時計を調整する研究をしていましたが、僕らの時代はそういったものはほとんどありませんでした。

実は、スポーツ界と睡眠の関係性ってあまりないんですよね。結構ちゃんとそういう研究をしてるんじゃないかと思われがちですが、今でも各選手がそれぞれ自分の経験則から導き出している。「長く寝た方がいい」とかそういうのはありますが、時差調整とかも結構自己流が多いんです。

体内時計の調整の仕方は色々ありますが、一番影響が大きいのは光です。あるタイミングできちっと光を浴びて、メラトニンを生成し、調整する。フィリップスなどは専用のライトを商品化したりしています。

統計データだと、アメリカ国内のスポーツリーグでは、東海岸から西海岸へ移動するときよりも、西海岸から東海岸へ移動する場合の方が勝率が下がるそうです。時差ぼけの影響なのか、詳しくはわかりませんが、面白いですよね。

陸上選手はヨーロッパに遠征することが多く、かなり日本との時差が大きかったので、2、3日かけて強引になんとかしていました。

(dreamnikon/istock)

ちなみに為末さんは、いつも試合の何日前に現地に入りしていましたか。

オリンピックなどでは1週間以上前に現地入りしますが、普段出場していたグランプリや試合などでは、本番の2、3日前くらいでした。タイトな時は前日入りしたこともありましたね。それでもやっぱり到着後3、4日はふわふわして走りにくかったです。

時差ぼけという言葉は、「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ぼけ)」など、旅行や出張以外の場面でも使われるようになりました。アスリートに限らず、シフト勤務や変則的な交代勤務の方たちにとってはとても大きな問題になっています。

私は普段、サーフィンの選手たちの睡眠サポートなどを行なっているので、ジュニアの選手たちに時差ぼけについて講義することがあります。そして同じ内容を、企業向け研修で話すこともあります。先日もキヤノンで話しました。それぐらい、時差ぼけは身近な問題になっています。

──ちなみに為末さんは現役時代、どれくらい寝ていましたか。

僕は結構寝ていた方だと思います。高校3年生までは夜10時にはもう寝ていました。だいたい、ドリフが終わる9時頃には布団に入ってましたね。

というのも、僕らは陸上の朝練習があったんです。毎日5時、6時には起きなければいけなかったので、そうすると、前倒しで寝なければいけない。

人って、食べるか、寝るしか体を回復させる方法がないんですよね。選手にとっては、食べるよりも寝る方がインパクトが大きんです。だから僕も、現役の頃は7、8時間はいつも寝ていました。

──寝る前のルーティンみたいなものはありましたか?

本を読むことは多かったですね。それも、つまらない本を読むんです。するとよく眠れるんですよ(笑)

それは面白い!今の時代、SNSやスマホのニュースサイトって自分の興味のある話題ばかり拾ってしまいますから、いっそのこと本屋で一番興味が湧かない本を何冊か買って、ベッドの横に置いておくというのは有効なのかもしれませんね。

睡眠は未だブラックボックスだ

「睡眠の王道」って、定義があるものなのでしょうか。

ある程度は王道みたいなものがあると思いますが、やはり個人差が大きいです。朝型と夜型、さらにショートスリーパーからロングスリーパーまで、睡眠にはパターンがあります。自分がどのカテゴリなのかは、遺伝子レベルで調べることもできます。

例えば、覚醒効果があるカフェインの作用が効きやすいかどうかにも個人差があって、長時間カフェインの作用が続く人もいれば、全然大丈夫な人もいます。

そうすると、結局、ご自由にどうぞという感じなのでしょうか。

最低限のことは知っておいても良いと思います。例えば、体内時計が光によって作用すること、メラトニンというホルモンがあり、コルチゾール(代謝の促進などを行い、一日の活動リズムを整える役割を持つ)というホルモンがあるということ。そして副交感神経を刺激し、逆に交感神経を刺激するブルーライトなどは避けるといったことが挙げられます。

副交感神経を優位にするには、具体的には何をするといいんですか?

一つは呼吸です。横隔膜を使って深呼吸をする。このゆっくり呼吸をするという行為が、副交感神経を優位に持っていくことができる手段の一つですね。

あとは、感覚器官を使って落ち着かせる習慣付けをする。香りとか、音楽なんかも効果があると言われています。ラベンダーとかはわかりやすいですし、コーヒー豆もそうですね。

音楽も面白いです。以前、航空会社スターフライヤー向けに機内音楽をつくったのですが、実は、こういう音楽を聴くと寝られる、というロジックはまだないんです。ある程度ゆっくりとした、反復したリズムの音楽だったり、日本人なら日本語ではない音楽の方が脳が反応しにくいことはあります。

逆に言うと、朝は「リンダリンダ」で起きてもいい。脳が音だけではなく、歌詞の意味を理解しようとするので。

(monsitj/istock)

なるほど。お話をうかがっていると、睡眠はまだ比較的ブラックボックスに近い感じがしますね。面白いです。

ナップや、様々な物質についてなど、色々な研究が進んでいますが、結局、生身の人間にとって何が決定的なのかというのは非常に難しいものなんです。

どうやったら眠れるか、というのもそうです。

眠りにつくために推奨される行為を一つ一つ押さえていっても、どうしても眠れない人もいます。

やっぱり、寝る前に色々考えてしまう人が多いと思うんですよね。「最近、実家帰ってないな」とか「自分の人生これからどうなるのか」とか。

たくさんウィンドウを開きっぱなしにしたパソコンを強制終了させるのが難しいように、脳も気持ちや考えをいったんきちっと吐き出すことが必要かもしれません。

瞑想もいいかもしれませんが、僕が個人的に推奨しているのは、日記を書くことです。アウトプットすることで、少しでも頭の中を整理してあげるというのは、一つの手段なのではないかなと考えています。

ー シェアしよう ー

関連記事