移植医療への自分なりの関わり方 ― 「なぜ」を基にした想像力を源に―
骨髄移植は骨髄に移植するわけではない?
骨髄移植は、他の臓器移植のように元の臓器を取り出してそこに新しい臓器を植え込む、というイメージのわきやすいものと異なり、全ての血液細胞の卵である造血幹細胞を含んだ骨髄液を、通常の輸血と同じように末梢血管にする点滴するだけです(正確には、その前に抗がん剤や放射線治療で古い血液を無効にしてからですが)。
それで移植と呼べるのか、と思われるかもしれませんが、なんと、 血液中を流れて行くうちに自分のまである骨髄(骨の中にある血液細胞を作る専用の組織)を通過する際に、「ここだ」とばかりに不思議な力を発揮して血液の流れに逆らい血管の壁に取り付き、その間原をくぐって細に入り込み、身体中の血液細を全て正常なものに入れ替えるべく増えたり大人の血球になったりします。
皆様、不思議と思われませんか?
実は、私が骨髄移植を習い始めた当時、どうやって造血幹細胞が骨髄を探しが当てるのか、という疑問に対してちゃんとした説明はどこにもない状態でした。言い換えれば、移植に限らず臨床というのは、説明はできないけれどやってみたらうまくいった、というレベルのものが非常に多いのです。
造血幹細胞が骨髄から追い出される?
造血幹細胞を含む骨髄を採取するには、骨の中から吸い出すしかありません。そのためドナーさんは入院で手術室に全身麻酔が必要で、腸骨(お尻のあたりの骨盤)に何度も針を刺して骨髄液を少しずつ吸い取る手術を受けます。ドナーさんの負担とリスクは一般の手術と同じです。
これは、造血幹細胞がほぼ骨髄にしかいないために避けられない処置と考えられていましたが、今から30年ほど前に、白血球を増やすのに使われる顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)という薬(我々の体の中にも元々ある物質です)を数日間打ち続けると、骨髄の中の造血幹細胞の一部がなんと勝手に末梢血に流れ出てくる(「動員」と呼びます)ことが知られるようになり、これを献血センターで行われる成分献血の機械で末梢血から回収し、骨髄の代わりに移植することで骨髄移植と同等の成績を得られることがわかったのです。そして、その後G-CSFによる「動員」は世界中で急速に骨髄採取にとって代わり、今では古典的な骨髄移植そのものが珍しくなりました。全身麻酔は必要なくなり、海外では入院でなく外来で幹細胞採取が行われています。
再び皆様、不思議だと思われませんか?
どうやって造血幹細胞がG-CSFによって骨髄から末梢血に動員されるのか、という疑問に対してちゃんとした説明はないのです。やはり、説明はできないけれどやってみたらうまくいった、というレベルの臨床が実際に世界中を席巻しているわけです。
造血幹細胞の不思議を求めて
これら2つの疑問について、以降これを自分のライフワークの一つとして、約30年にわたって臨床業務と並行し研究を続け、今ではかなりの説明ができるようになりました。
まず、末梢血に点滴された造血幹細胞は骨髄の中の血管を通る時に同時に 2つの目印を見つけます(焼き鳥を食べたい人が、匂いで確認しつつ焼き鳥と書いてある暖簾をくぐるようなものです)。
その2つが同時に効果を失えば、造血幹細胞が骨髄を探し当てることができず迷子になってしまうことがわかっています。「動員」については更に複雑でした。G-CSFの投与によって、なんと 全く予想していなかった骨髄の交感神 経が主役として働き、この神経に骨髄 の様々な細胞がそれぞれ全く別の役割 を担うように操られ、造血幹細胞が一時的に骨髄に居づらくなってしまうことが明らかとなっています。神経がオーケストラの指揮者のように骨髄全体を従わせ、造血幹細胞を追い出すのです。
ドナーさんにG-CSFを投与した際 「に微熱や骨痛の副反応がよく出るのですが、
- それがなぜ出るのか。それは解熱消炎鎮痛剤で抑えても本来の目的である造血幹細胞動員に悪影響はないのか。
- なぜ人によってG-CSF を打った時の動員効率に大きな差があり、一部移植に十分な効果が得られないケースがあるのか、などの臨床的疑問にかなりの確度でお答えできるようになりました。
説明できたからといって治療成績が大きく変わるわけではありませんが、少なくとも主治医が理解している治療を患者さんに施しているのか、それとも理屈はわからないけれどもそうするものと教わって行なっているだけの治療なのかを比べると、患者さんやドナーさんとの間での信頼関係の深さや安心感の違いにつながってくるのではないかと私は信じています。
特に、治療上予想外のことが起こってしまった時には、経験だけでなく「なぜ」を基にした想像力が、対応力の源になります。当たり前のことですが、理由がわからなければ、より正しい方策を考えることはできないからです。
移植後、白血病など元の病気が治癒して10年以上経っても私の外来に通って来てくださっている患者さんが何人もおられますが、どの方も症状や検査デー夕などについて、「なぜ」を聴きに来られます。それに対してわかったふりではなく、できるだけしっかりお答えできるよう、 現場臨床医として研究との距離感を今後も大切にしていきたいと思っています。

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