2025年ラスカー賞受賞|嚢胞性線維症治療薬Trikafta開発の軌跡
2025年のLasker~DeBakey Clinical Medical Research Awardは、嚢胞性線維症(CF)の治療薬開発に貢献した3名の科学者に贈られました。Michael J. Welsh(Iowa大学)は、CFの原因タンパク質CFTRの正常な働きと、CF患者における異常を解明しました。Jesús González(前Vertex Pharmaceuticals)は、有望な化合物をスクリーニングするシステムを開発し、 Paul A. Negulescu(Vertex Pharmaceuticals)は、CF治療薬開発プロジェクトを推進し、3剤併用療法”Trikafta”を誕生させました。
日本人には少ないですが、CFは肺、肝臓、腸などの臓器に障害をもたらす難治性の遺伝性疾患で、栄養吸収を阻害し、粘液の蓄積を引き起こし、重篤な肺感染症を引き起こします。1989年にCFの原因遺伝子CFTR(Cystic Fibrosis Transmembrane Conductance Regulator:嚢胞性線維症膜貫通伝導制御因子)が特定され、最も一般的な遺伝的エラーであるΔF508も同定されました。CFTRは細胞膜に存在するタンパク質であり、主に上皮細胞(肺、膵臓、汗腺、腸などの臓器の内面を覆う細胞)において、塩化物イオン(Cl-)の輸送を制御する役割を担っています。この塩化物イオン輸送の異常が、嚢胞性線維症(CF)の病態を引き起こす根本的な原因となります。Welsh氏は、ΔF508 CFTRが細胞内で適切に成熟しないことを発見し、低温条件下では機能することを見出しました。
Neglescu氏らは、CFTRタンパク質の機能に着目し、以下の2つのアプローチを軸に治療薬開発に取り組みました。すなわち、CFTRタンパク質の塩化物イオンチャネルの開口を促進し輸送能を改善する「potentiator(増強剤)」、そして、CFTRタンパク質の立体構造異常を矯正し、細胞膜への輸送を助ける「corrector(矯正剤)」という概念です。González氏は、この開発を加速させるため、細胞膜を横切る微小な電圧変化を高感度に測定できるFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)法を応用した高速アッセイ系を開発しました。
2009年、Neglescu氏らは、希少なCFTR変異G551Dを持つ患者に有効なVX-770(イバカルフトル)を報告しました。その後、ΔF508変異を持つ患者にも有効なルマカフトル、テザカフトルが開発され、併用療法が承認されました。さらに、エレキサカフトルが開発され、イバカフトル/テザカフトルとの3剤併用療法Trikaftaが2019年に承認されました。Trikaftaは、肺機能の改善や体重増加など、多くの効果を示し、CF患者の生活の質を大幅に向上させ、患者の平均寿命が健常者に近い水準まで改善される可能性も示唆されています。

参考情報
Triple-drug therapy for cystic fibrosis
2025 Lasker~DeBakey Clinical Medical Research Award
https://laskerfoundation.org/winners/combined-triple-drug-therapy-for-cystic-fibrosis/