エクスポソーム研究が示す「加齢の地域差」と健康格差の実態
「エクスポソームexposome」とは、個人の一生を通じて経験する物理的、化学的、生物学的、社会的、そして心理的なあらゆる曝露の総体を指す言葉であり、遺伝子やライフスタイルなどの内的要因に加えて、環境要因が健康に与える影響を包括的に捉えようとする概念です。エクスポソーム研究は遺伝子だけでは説明できない疾患リスクの変動を理解し、疾患の予防や治療に役立てることを目指しています。
この論文は、世界40カ国の161,981人を対象とした研究で、加齢の加速または遅延に影響を与える要因を個人の保護・リスク要因、地域レベルの所得、そしてエクスポソームの観点から分析しています。研究では、個人の暦年齢と、保護因子とリスク因子から予測される年齢との差である「バイオ行動年齢ギャップ(biobehavioral age gaps, BBAGs)」を指標として使用し、加齢の加速を評価しました。その結果、ヨーロッパが健康的な加齢をリードし、エジプトと南アフリカで最も加齢が加速していることが判明しました。アジアとラテンアメリカはその中間に位置します。特に東ヨーロッパと南ヨーロッパで加齢の加速が顕著であり、世界的には低所得が関連していました。
この研究は、健康的な加齢と加速した加齢が、物理的、社会的、そして社会政治的なエクスポソームに影響され、国によって大きな差があることを明らかにしました。これらの結果は、グローバルヘルスにおける公平性を促進し、加齢に関するより正確なリスク予測モデルを開発するためのツールとなる可能性を示唆しています。
エクスポソーム研究の成果を政策に結びつけるには多くの課題も存在します。大気汚染や化学物質など、一部の要因に焦点が偏りがちな現状を脱し、都市環境、職業リスク、社会的不平等、気候変動といったより広範な要因を考慮する必要があります。さらに、研究対象地域が欧米に偏っているため、高汚染地域に暮らす低所得者層への影響評価が不足しています。
こうした課題を克服し、エクスポソーム研究を政策に反映させるには、環境科学、生物学、公衆衛生といった分野間の連携強化、研究資金の分散、共通研究基盤の構築が不可欠です。同時に、政策立案者、法曹、都市計画家など、多様な専門家の積極的な参加も求められます。現状では環境規制の弱体化が懸念される中、エビデンスに基づいた政策を推進するためには、政治的意思が不可欠です。今後20年、エクスポソーム研究が真に社会を変革するためには、多様な集団における曝露の実態を把握し、曝露と健康との関連を分子レベルで解明することが重要です。政治的意志が不確かな時代だからこそ、揺るぎないエビデンスと、分野を超えた協調が求められています。

論文情報
Hernandez, H., Santamaria-Garcia, H., Moguilner, S. et al. The exposome of healthy and accelerated aging across 40 countries. Nat Med 31, 3089–3100 (2025).
https://doi.org/10.1038/s41591-025-03808-2
