メカノセンシティブ・エンハンサーが明かすECM硬さと遺伝子発現の新しい関係
細胞外基質(ECM)への細胞接着はメカニカルストレス応答の代表的現象と思っているのですが、ECMの硬さは、ガンや線維症といった多くの疾患の進行と密接に関係していることが知られています。この論文はメカニカルストレスの遺伝子発現に与える影響を「メカノセンシティブ・エンハンサー」という観点から解析した興味深い内容です。
著者らは細胞外マトリックス(ECM)の剛性が変化することで活性化されるエンハンサー(遺伝子制御領域)を網羅的に解析し、細胞機能や疾患への影響を明らかにするために、RNA-seqとATAC-seq技術を用いて、ヒト線維芽細胞と肺癌細胞を柔らかい基質(1kPa)と硬い基質(50kPa)で培養し、各条件下での遺伝子発現とクロマチン構造の変化を詳細に比較しました。
CRISPR干渉技術(CRISPRi)を用いた大規模スクリーニングを用いて、MYH9, CTGF, CYR61などの遺伝子のプロモーター領域やエンハンサー領域の改変により、細胞増殖や移動能が大きく変化し、これらが基質の硬さに依存していることが分かりました。線維症モデルでも、これらエンハンサーが疾患の特徴的な遺伝子発現(CTGF上昇など)を制御することを確認しました。またエンハンサーを抑制することで、線維芽細胞の過度な活性化が防げる可能性が示されました。
メカノセンシティブ・エンハンサーはTEADやSRFなどの典型的なメカノセンシティブ転写因子が結合する部位を多く含んでいますが、これまで機能が不明だった転写因子モチーフも関与しています。
本論文は、ECMの力学的環境によって活性化される新しいタイプの「メカノセンシティブ・エンハンサー」の重要性と、細胞の遺伝子発現を介した機能的応答の分子基盤を明らかにしたという点で極めて興味深く、重要なものです。
一方で、本研究は主としてヒト線維芽細胞とA549肺癌細胞の2種を用いており、他の細胞種や組織レベルでのメカノ応答との一般化には限界があります。また培養条件や硬さ設定が一定であり、生体内の複雑な環境と完全には一致しないため、in vivoにおける再現性や疾患モデルへの外挿には注意が必要です。

論文情報
Brian D. Cosgrove et al. ,Mechanosensitive genomic enhancers potentiate the cellular response to matrix stiffness.Science0,eadl1988
DOI: 10.1126/science.adl1988
